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楽記

笙 うた 奏者 大塚惇平のブログです。

「紅無」「白狐」を書く/奏でる 大杉弘子(書)×大塚惇平(笙)×中村香奈子(笛)

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先月1月16日に静岡のグランシップで行われた、「アートマネジメント人材育成のためのワークショップ100 報告と体験」にて行われたパフォーマンス

「紅無」「白狐」を書く/奏でる
大杉弘子(書)×大塚惇平(笙)×中村香奈子(笛)

の抜粋をyoutubeにアップしました。よろしければご覧くださいませ。

能というお題、と、この三人でのパフォーマンスということがあいまって、なかなかハイパーな空間になったような気がします。以下、少し長いですがパフォーマンスに寄せて書いた文章も併載します。こちらもご興味がありましたら是非どうぞ。インプロヴィゼーションの表現行為へ近づく少しでも手がかりになれば。

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今回演奏する楽器は、雅楽で用いられる「笙」と「龍笛」、そして「石笛」です。笙の響きは鳳凰の鳴き声、龍笛は龍の声を模していると伝えられています。石笛は、穴の空いた自然石をそのままそうするもので、雅楽を遡る太古の時代から奏でられてきたようです。能で用いられる能管のヒシギの音に似ているようにも聞こえます。

この企画は、グランシップでまもなく上演される、静岡能との繋がりもテーマと伺っています。能と雅楽…今でこそ全く異なるジャンルですが、どちらも目に見えない「なにか」をあつかう芸能といえましょう。霊や神仏、そして自然に向けた人々の祈り…あるいはそのような大げさなものでなくとも、日々の生活や、季節の移り変わりの中にある、微かな雰囲気や微妙なニュアンス…そういった言葉になりにくい「なにか」を、日本人は繊細に感じてきたのかもしれません。

日本の芸能は古来より「型」を大切にしてきました。雅楽においても、古典曲の演奏ではそのことが高いレベルで求められています。今回の演奏では、そのような「型」によって培われた音への思いが、現代書の実演と結ばれることで、どのように揺れ動くのかとても楽しみにしています。ご来場のみなさまには書と雅楽との出会い、それぞれの中での古と今との対話、その場から立ちあらわれてくる「なにか」を、私たちと一緒に探していただければ幸いです。 大塚惇平